ひこちゃん 現住所/山形市 :山形市木の実町9-11

自己紹介
私は、創業昭和8年の鮮魚店の三代目のひこちゃんです。先代も宴会場を持ち、魚を食べさせたり、宴会から結婚式までやってたそうです。でも、二代目になり方向転換して病院の納めが、中心になりました。それをもう一度元に戻し、先代が言ってた「食べさせる魚屋」を目指して頑張っています。人間の手がまったく加わってない神よりの贈り物である天然ものにこだわって、あまり手をかけずにシンプルに素材を味わってもらいたい。(新米を何で食べるかのように)もちろん鮮魚店のほうも営業してます。鮮魚を売るばかりでなく、焼き魚・フライ・煮魚などに加工しても販売してます。当店で買っていただいた魚は、サービスで刺身・焼き魚・揚げ物にしてあげます。刺身は、2~3切れから盛り合わせまで、予算に応じて作ります。前もって予約してもらうと助かります。焼き魚や揚げ物も時間に合わせて作ります。
このように頑張ってますので、今後ともよろしくお願いします。

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かねひこ鮮魚店

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ひこちゃんさんの新着日記

2012/09/18 15:59:10
天然素材を食べて元気になってください。
昨日は天然の素材を食べると元気になるようなことを書いていますが、確かに昔は、といっても昭和30年代、元気な人が多く、はつらつと生きていたように思えます。この時代裕福な人などほんの一握りで、みんな貧乏とは言いませんが、裕福ではなく、みんな一生懸命に良くなろうと努力していたように思えます。みんな横並びで、みんなが夢目標を持ち、上を見ていたように思います。そのような、上向きの一人一人のベクトルが重なり合って、あの高度経済成長を成し遂げたのだと思います。まだこの当時は、冷凍食品どころか、まだ冷蔵庫もない時代で、当然買い置きもできないので、食べ物はその日その日に調達して食べる時代でした。肉食の文化もこの頃くらいより出始めてきたのだと思いますが、高価だったのかあまり食べさせてもらった記憶がありません。また冷凍技術もあまり発達してませんでしたし、養殖ものもまだでてなかったように思えます。なのでこの時代の人は、鮮魚を毎日に近いくらい食べていた人が、多かったのかなあ。生き生きした細胞を、毎日に近いくらい食べていたので、みんな元気で、はつらつと生きて、高度経済成長を成し遂げたのかな?敗戦から20年足らずでここまで成功した国、他にありますか?やはり魚食文化の生食が、何らかの影響を及ぼしていると考えるのは、私だけでしょうか?この生食と言うのも、日本古来の文化で、他ではあまり聞きませんね。「食」は生きる原点だと思いますので、これからも元気のでる物を食べたいですね。今の時代、昔より比べると食にしても、生活環境にしても、すべてにおいて裕福すぎると思います。やはり元気のでる生き生きとした細胞をたくさん食べて、頑張らなくてはいけませんね。私は残り物ですけど、毎日刺身を食べて、自然より元気をもらってます。皆さんも手ごろな値段で手に入る天然素材(解凍物でなく、養殖物でなく、天然物の鮮魚)を食べて、元気になってください。

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