ひこちゃん 現住所/山形市 :山形市木の実町9-11

自己紹介
私は、創業昭和8年の鮮魚店の三代目のひこちゃんです。先代も宴会場を持ち、魚を食べさせたり、宴会から結婚式までやってたそうです。でも、二代目になり方向転換して病院の納めが、中心になりました。それをもう一度元に戻し、先代が言ってた「食べさせる魚屋」を目指して頑張っています。人間の手がまったく加わってない神よりの贈り物である天然ものにこだわって、あまり手をかけずにシンプルに素材を味わってもらいたい。(新米を何で食べるかのように)もちろん鮮魚店のほうも営業してます。鮮魚を売るばかりでなく、焼き魚・フライ・煮魚などに加工しても販売してます。当店で買っていただいた魚は、サービスで刺身・焼き魚・揚げ物にしてあげます。刺身は、2~3切れから盛り合わせまで、予算に応じて作ります。前もって予約してもらうと助かります。焼き魚や揚げ物も時間に合わせて作ります。
このように頑張ってますので、今後ともよろしくお願いします。

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かねひこ鮮魚店

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ひこちゃんさんの新着日記

2013/03/03 09:16:33
お客様の御蔭で魚屋の定食屋も20年目に入りました。
今年はふと思うと平成25年ですね。この魚屋の定食屋を始めたのが平成6年3月1日でしたので、もう20年目にはいるんですね。いまから55年前、昭和の30年ごろも、ちょっとした飲み屋みたいな、定食屋みたいなことをやっていたようなことを聞いてますが、まだ3歳ぐらいだったのでほとんど覚えてませんが、店に行ってビールを盗み飲みしていたことを体が覚えているようです。キリンラガーの苦味が忘れられず、いまだにビールはこれですね。テレビの放送が始まったのが昭和28年だったと思いますが、その頃にはもうテレビもあり、この放送(相撲、プロレスなど)を見ながら毎日酒を酌み交わすお客様がいたと聞いてます。今で言うスポーツバー的な感じだったのかなあ。そのような空気というか、雰囲気を身体で覚えていたために、定食屋的なことをしたいと思ったのかなあ。多額の借金を返すには、とにかく売り上げを、現金収入を上げないと明日はないと必死でした。スタートとしてはまあまあの滑り出しでしたが、一ヶ月もたたないうちにコメ問題で、タイ米を使わざるを得ない時もありました。最初の頃は、一人になった私を見るに見かねてか弟が帰ってきて手伝ってくれて、この定食屋を立ち上げたが、彼は彼なりにやりたい事を捨て切れなかったみたいで、何するにも中途半端で必死さがなかったので、3ヶ月ぐらいで一度中断せざるを得なかった。それから3ヶ月は、嫁さん探しもかねて、一緒にする人材探し、他の店のやり方とかを夜な夜な繁華街に行きふらついてました。前にも日記に書いてますが、お見合いを50回以上、1日でトリプルヘッダー(3回)の時もあった時代もこのときでした。遊びが功を奏したのか9月には定食屋は再開して、次の年の2月には結婚もできました。それからは途切れることなく、まあかなり危ない時も何回かありましたが、今日まで続いてます。私には実力はないかもと私自身認めていますが、あきらめない心は誰にも負けたくありません。というかここに住みたいだけですね。これからもよろしくお願いいたします。

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