ひこちゃん 現住所/山形市 :山形市木の実町9-11

自己紹介
私は、創業昭和8年の鮮魚店の三代目のひこちゃんです。先代も宴会場を持ち、魚を食べさせたり、宴会から結婚式までやってたそうです。でも、二代目になり方向転換して病院の納めが、中心になりました。それをもう一度元に戻し、先代が言ってた「食べさせる魚屋」を目指して頑張っています。人間の手がまったく加わってない神よりの贈り物である天然ものにこだわって、あまり手をかけずにシンプルに素材を味わってもらいたい。(新米を何で食べるかのように)もちろん鮮魚店のほうも営業してます。鮮魚を売るばかりでなく、焼き魚・フライ・煮魚などに加工しても販売してます。当店で買っていただいた魚は、サービスで刺身・焼き魚・揚げ物にしてあげます。刺身は、2~3切れから盛り合わせまで、予算に応じて作ります。前もって予約してもらうと助かります。焼き魚や揚げ物も時間に合わせて作ります。
このように頑張ってますので、今後ともよろしくお願いします。

関連店舗

かねひこ鮮魚店

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ひこちゃんさんの新着日記

2013/03/07 10:43:30
両親が亡くなった歳に近づいてきました。
私が33歳の時、父が59歳、母が56歳で立て続けに1年で2人を亡くしました。この建物に独りぼっちになってしまいました。修行も何にもせずに帰ってきて、今から仕事を覚えていこうという矢先だったので仕事もできず、建物の借金も月60万も返していかなくてはいけない置き土産もいただき、ボーゼンとしたときがありましたが、自殺しようとは思いませんでした。すべて処分して、一から出直そうとも考えましたが、建物がどのくらいで売れるかもありましたが、このくらいが無難という値段で計算しても月15~20万ぐらいの借金が残るという計算でしたので、やるだけやって少しでも借金を減らしたほうが良いと思いました。経営コンサルタントを始め専門家、周りにも猛反対されましたが、駄目もとでやってみたかった。私自身できるとは思ってませんでしたが、1~2%の可能性があるのならやってみたかった。なんか出来る様な感じがしたし、いける所までやってみたかった。何もせずにあきらめるより、精一杯頑張って失敗したほうが幸せなのかなあと思った。この方が先祖も納得いくんじゃないかなと思った。今までもこのように困難にぶつかってきた人生だったので、何も考えずに行動できたのかなあ。困難が大きければ大きいほど燃えるチャレンジャーです。もし逆に借金が残らずに、お金が残っていたら、この商売はやってなかったように思えるし、もしやっていてもこの店は存在してなかったかもしれませんね。まだまだ油断できない状態ですが、この状態を凄く楽しんで頑張っています。これまで何も考えずにがむしゃらにやってきましたが時間は33歳の時から動いてないような気持ちですが、実際はもう55歳で、両親の歳に近ずいてます。両親の歳を越えられるだろうかと思う時期に来ましたが、こんなこと考えても答えは出ません。運命に任せて、何も考えません。今現在私が倒れても、入院しても、その段階ですべて終わる可能性が大なので、きっと神仏が守ってくれるだろうと思い、体に注意して、かなり無理して頑張ろうと思います。明日どうなるかわからない凄く楽しい人生、命を自ら絶つことは絶対にありません。めいいっぱい頑張って、前向きに倒れるのはありかなあ?坂本竜馬の言葉だと思いましたが次の言葉が好きです。「いつ死ぬかわからないがいつも急な坂道にいたい。たとえどぶ川で死のうとも前向きに死にたい」という言葉が、凄く印象に残ってます。時代背景など全然違いますが、私もこのような気持ちですね。

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