ひこちゃん 現住所/山形市 :山形市木の実町9-11

自己紹介
私は、創業昭和8年の鮮魚店の三代目のひこちゃんです。先代も宴会場を持ち、魚を食べさせたり、宴会から結婚式までやってたそうです。でも、二代目になり方向転換して病院の納めが、中心になりました。それをもう一度元に戻し、先代が言ってた「食べさせる魚屋」を目指して頑張っています。人間の手がまったく加わってない神よりの贈り物である天然ものにこだわって、あまり手をかけずにシンプルに素材を味わってもらいたい。(新米を何で食べるかのように)もちろん鮮魚店のほうも営業してます。鮮魚を売るばかりでなく、焼き魚・フライ・煮魚などに加工しても販売してます。当店で買っていただいた魚は、サービスで刺身・焼き魚・揚げ物にしてあげます。刺身は、2~3切れから盛り合わせまで、予算に応じて作ります。前もって予約してもらうと助かります。焼き魚や揚げ物も時間に合わせて作ります。
このように頑張ってますので、今後ともよろしくお願いします。

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かねひこ鮮魚店

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ひこちゃんさんの新着日記

2015/11/26 11:02:24
昔は薬など飲まず、忍耐、忍耐の人多かったんだろうか?
包丁はもちろん、あまりうまくはないが自分で研ぎますが、例えば柄がぐらぐらするとか、大きく刃を破損させた場合は、市場に来る包丁屋さんにお願いします。この人とは同い年生まれですが、学年で一回下になるのかなあ?この人は心臓を患い手術もしてますが、血液がドロドロにならないような薬を一生飲まなくてはいけないと言ってました。今、このような人が多いようなこと言ってますねえ。だとすると、薬も何も飲まない私って、普通じゃないというか、おかしいんだろうかねえとも思ってしまいます。私は小さい頃、薬を飲まされすぎて薬中毒になった事を言うと、うちは薬さえ飲めず、医者にも行けずに、忍耐、忍耐の日々だったと聞かされて、エッじゃ私って幸せだったのと思わざるを得ませんでした。この事は良かったんか悪かったんかは、わかりませんが、これと食は、充実してたんでしょうねえ?やはり昭和30年代って、そんな、みんなが貧乏だった時代だったんでしょうねえ?私は、小さい時に一生分の薬を飲んでしまったのかなあ?こう考えると、献血ができるって言う事は、健康なんでしょうねえ?これをする前の問診票、結構シビヤかもね?前はかなり緩かった印象ですがねえ?でも、この成分結果で、ある程度の事は、わかるようになってきましたねえ。まもなく100回目になるけど、何時までできるんだろうかねえ?常時やっていれば最長65歳だったか、67歳ぐらいまでできたと思いますが、ここまでいけるだろうか?でもそんな年の人見かけませんねえ?実際、ここまでする人っているんだろうかねえ?案外若い人でも、薬などを飲んでいたり、なんか病気の治療で、献血が出来ない人も多いのかなあと思う時もあります。

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