ひこちゃん 現住所/山形市 :山形市木の実町9-11

自己紹介
私は、創業昭和8年の鮮魚店の三代目のひこちゃんです。先代も宴会場を持ち、魚を食べさせたり、宴会から結婚式までやってたそうです。でも、二代目になり方向転換して病院の納めが、中心になりました。それをもう一度元に戻し、先代が言ってた「食べさせる魚屋」を目指して頑張っています。人間の手がまったく加わってない神よりの贈り物である天然ものにこだわって、あまり手をかけずにシンプルに素材を味わってもらいたい。(新米を何で食べるかのように)もちろん鮮魚店のほうも営業してます。鮮魚を売るばかりでなく、焼き魚・フライ・煮魚などに加工しても販売してます。当店で買っていただいた魚は、サービスで刺身・焼き魚・揚げ物にしてあげます。刺身は、2~3切れから盛り合わせまで、予算に応じて作ります。前もって予約してもらうと助かります。焼き魚や揚げ物も時間に合わせて作ります。
このように頑張ってますので、今後ともよろしくお願いします。

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かねひこ鮮魚店

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ひこちゃんさんの新着日記

2015/11/30 21:32:48
「常在戦場」的な生き方。
これもサウナでの話で、会話相手は違うが、これも同年代の人、前の人よりは親しく先生(開業医者)をやっている人ですが、結論としては二人とも「常在戦場」的な生き方してきたねえという事でした。まあ、この言葉私は、その時初めて聞きましたが、まさに私はこのような生き方してきたのかなあと痛切に思いました。これを座右の銘にしてる総理とか、陸軍だったか海軍大将がいたと言って、名前も聞きましたが、思い出せませんねえ。やはり彼もバブル時に開業して、そのあとがかなり大変だったみたいですねえ。やはり彼も仕事好きというか、死んでもよいという覚悟で頑張ったみたいですねえ。でも彼は医者ですので、ある程度体の事はわかり、薬も使ったみたいですけど、私は薬も使わずに無我夢中だったというか我武者羅という感じでしたねえ。彼も寝ずに頑張ったみたいですけど私もと同じ感覚で、話が盛り上がっていましたねえ。私は熱があっても、たとえ38度、39度でも頑張ったというと俺もという具合でした。ここで私が38℃はすごくつらかったが、39度になると意識がもうろうとするのか、かえって楽だった話をすると、これは私も経験していて、学校では教えてくれなかったとか言ってましたが、これくらいの39度で体を動かして汗をかいてくると、熱も下がるようでもありました。私はこの経験、人間40度になると死ねるのではないかと思いやっただけなのに、逆にすっきりしたというか、どういう事と、私も思ってました。死んでもいいかと思った時から、本当に怖いもの知らず的な事結構やってますねえ。でも人間って熱で、気を失う可能性もありますよね?本当に死んでもいいやと思わない限り、39度台の熱で仕事しませんよねえ?今思うとよくやったと思いますが、良く体が動いたと言ったほうがよいのかなあ?それだけ強い精神力があったのかなあ?確か昔の水銀柱の体温計は42度までしか測れなかったと思いますが、とにかく熱にうなされるというか、本当に辛い時間でも仕事をやって、少し楽になったかなあ?と思い熱を計った時が39.5度ぐらいなのは覚えてますが、ここでどっと汗をかき続けて仕事をしてたらすごーく楽になり、きずいたら37度まで下がってたという経験が1度や2度ではなかったなあ?今やっても大丈夫なんだろうかねえ?死んじゃうかな?でも是非ともしなくてはならない仕事があったらやってしまうだろうなあ?最近夜更かしをすると、次の日、かなりつらいですけど、是非ともやりたいという仕事がある時は、やはり2~3時間しか寝ない時がありますが、やはり状況に応じて無理するだろうなあ?

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