まあ日記でも、「美味しい」ってなんだろうというような事で何回か書いてますが、まあこのおいしいには、素材の美味しさ、作られた美味しさがあるようなこと書いてますが、これだけ文明が進んで来ると、味にしろ、香りにしろ、いくらでも作れると思いますが、なんか美味しさを感じないのは私だけかなあ?なんか作られた味と言うか、心を打つものがないと感じたことありませんか?「いただきます」と言う、命を頂きますの感じが感じられないものが多くありませんか?もう加工品、既製品は論外ですので、大手の飲食チェーンでは、これをまず感じられませんよね。やはり食事をするという事は、命を奪うというものですが、なんか素材が元気でないと、元気っていうものが貰えないような気がします。昭和30年代の頃、みんな貧しかったと思いますが、有り余るほどの元気がありましたねえ。でも今はほとんどの人が中流階級の人が多く、食に困ることなく食べられますが、なんかみんな元気がないという事は、食べているものが悪いとしか考えられませんねえ?まあみんなは新鮮なものを好んで食べていますが、じゃ新鮮というものはどのようなものかなあ?食の持つ天然のエネルギー、動植物が持つ活力、命ですよねえ。厳しい環境でストレスに打ち勝ってきたものの方が、このエネルギーは強いと思います。なので、まず養殖物は違う意味でのストレス(密集の環境、このまない餌など)で育ったものだから、いくら新鮮でも、この効力は少ないと思いますし、抗生物質による別の害が否定できませんねえ?やはり蓄養、畜産された物も同様に私は思います。じゃ、あのみんなが貧しかったパワーと言うか、元気の源はなんだったんかなあと思うと、私の頭の中には魚、野菜類しか浮かんできませんねえ。まだまだ肉は普及してませんし、あまり冷凍技術も発達してませんでしたので、自然そのままのパワーを獲れた物は、天然物の魚だったんかなあと思います。冷蔵技術も発達してなく、毎日新鮮なものを求めての買い物、そして手間暇かけての調理、この辺にパワーの源があったのかなあと、私は思います。いろいろな本を読んでみると、このような天然パワーは、冷凍しても、レンジをかけても、添加物などを添加しても、なくなってしまうそうです。また素材は、捌くとどんどん酸化していきますので、やはり捌きたてというか、おろしたてが最高で、そのまま食べられたら最高という事が書いてました。調理と言っても簡単に火を通すような調理法が、このようなパワーを存分に受けられるそうです。まあ、私は魚屋と言う、このような環境に育ってきましたので、やはり魚は刺身で食べると、凄い天然のパワーを受けられ様な気がしますねえ。これが「いただきます」かなあと、いろいろな本を読み、今続く思います。