ひこちゃん 現住所/山形市 :山形市木の実町9-11

自己紹介
私は、創業昭和8年の鮮魚店の三代目のひこちゃんです。先代も宴会場を持ち、魚を食べさせたり、宴会から結婚式までやってたそうです。でも、二代目になり方向転換して病院の納めが、中心になりました。それをもう一度元に戻し、先代が言ってた「食べさせる魚屋」を目指して頑張っています。人間の手がまったく加わってない神よりの贈り物である天然ものにこだわって、あまり手をかけずにシンプルに素材を味わってもらいたい。(新米を何で食べるかのように)もちろん鮮魚店のほうも営業してます。鮮魚を売るばかりでなく、焼き魚・フライ・煮魚などに加工しても販売してます。当店で買っていただいた魚は、サービスで刺身・焼き魚・揚げ物にしてあげます。刺身は、2~3切れから盛り合わせまで、予算に応じて作ります。前もって予約してもらうと助かります。焼き魚や揚げ物も時間に合わせて作ります。
このように頑張ってますので、今後ともよろしくお願いします。

関連店舗

かねひこ鮮魚店

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ひこちゃんさんの新着日記

2016/05/14 09:58:11
どんな生活してたんでしょうか?
昨日先代の命日だったと書きましたが、私はまだ3歳の時の別れ、遊んでもらったという記憶、一緒に酒飲んだという記憶はありますが、どんな人だったかはわかりません。なので、周りから聞いた話から想像しなければいけませんが、一言でまとめるなら「飲む、打つ、買うの道楽をしてた」の人だったとなりますが、どのように想像しますか?まあ、この辺は皆さんの想像通りでOkですよ。本当に、両親が亡くなり、私がこの店をどのように持っていこうというヒントになったのが、祖父が書いた雑記帳に書かれた「食べさせる魚を目指すようなフレーズ」、これも偶然に見つかったものでしたが、これと一緒におかれていた写真、昭和20年代ごろのもでしたが、伊勢神宮、伏見稲荷、出雲大社、別府の温泉、伊豆の温泉というものがバックで、すぐにわかるもの、私も同じところに行ってますので、すぐにわかりましたが、一体何回旅行に行っているんだろうかと思いました。山形から東京に行くにも10時間ぐらいかかった時代、行くだけで一日はかかりますよねえ。時間もですけど、よくお金もあったなあと感心します。戦後の山形がどのような状態か想像がつかないくらいわかりませんが、こんなにのんびり旅行できる余裕があったんかなあ?二眼レフのカメラ、現像機などすべて持っていて、私も小さい時使った記憶がありますが、何処にいったんだろうか?

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