時森 ししん

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時森 ししんさんの新着日記

2011/11/27 22:41:00
安らかに…そして、ご苦労様でした。

友人の祖母の葬儀に参列した。
本日、11月27日の日曜日、午後2時より、セレモニーホール山形にて、友人の清野寿啓くんのおばあさんの葬儀が、多くの方々の参列の中で執り行われた。
おばあさんが亡くなられたのが11月22日であり、その時、彼は山形企業研修会で、マレーシアとベトナムに行っていた。
ケーブルテレビ山形もカメラマン小林が同行していたので、日本から離れた海外での訃報に、寿啓くんの心は、しめつけられていただろうと推察していた。
一昨日、日本にもどって、今日の葬儀に間に合ったのだろう。
というか、彼を待って葬儀日程が決まったのかもしれない。
彼の父は、山形県の経済界のトップの、清野伸昭商工会議所会頭である。
自分は、ケーブルテレビ山形を立ち上げる当時は、30歳を過ぎたばかりの若僧だったが、最後まで支えて下さった。
山形パナソニックの社長である伸昭さんの義理のご兄弟の、当時の西村松下電器東北支店長とも、お会いできた。
皆さんには感謝の言葉しかない。
大変お世話になったのである。

享年100歳で亡くなられた、故清野ふさ様と、自分は一度しかお会いしたことがない。
寿啓くんのお母様、伸昭社長の奥様が亡くなられた際、ご自宅におじゃました時、伸昭社長の先代の清野源太郎会長のご夫人なのに、わざわざご自身でお茶を入れてくださり、とても恐縮した記憶がある。


今日の葬儀で、やはり素晴らしい方でいらしたんだなと、改めて実感した。
菩提寺のご住職様は、『謙虚さ』と、源太郎会長とふさ様のことを表していた。
ひ孫さんたちは、『愛情あふれる慈愛の心を』話していた。
様々な弔辞では、『仲間と共に』という印象があった。
喪主の伸昭社長は、『人の為に生きた人だった』とおっしゃっていた。
自分は思う。
ふさ様は、清野源太郎会長に続き、息子さんである伸昭社長が商工会議所会頭になられ、昭栄電器店の70周年を見届けるのが、天国で待つ夫、源太郎会長への土産なのだと思ったのである。

100歳生きるとは、並大抵のチカラではできないだろう。
素晴らしい方である。

安らかにお眠りください。

合掌

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元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-11091225495.html

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