時森 ししん

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時森 ししんさんの新着日記

2026/03/11 23:58:19
あの日あの時を忘れない…あれから15年。

2026年3月11日、午後2時46分。


ダイバーシティメディアの館内に、「東日本大地震の被災を受けて亡くなった方々に黙祷を捧げます」とのアナウンスが流れた。


ミーティング中であったが、仕事をやめて起立し黙祷を捧げる。


目を閉じた瞬間、あの日あの時の出来事が、走馬灯のように思い出す。




あれから15年。


東北に住む人々にとっては、決して忘れられない出来事である。


その日、75歳の母は、午前中から仙台市に出かけて行った。

「歯医者に行ったついでに、デパートで買い物をしてくる」

そんなことを言っていた。


結局、その日は連絡が取れず、翌日、一瞬だけ繋がった携帯電話で、どこかの小学校で避難して一夜を過ごしたとのこと。


ホッとしたのを覚えている。




あの日は、とても寒かった。


季節外れの雪が降ってきて、停電だった為に暖房も止まった。


車に付いているテレビで、リアルタイムで状況を知った。




ニュース速報は、次第にその被災の大きさを伝えていく。


地震の大きさ、津波の被害、火事などの二次災害、そして極め付けは福島第一原発のメルトダウン。

(その時点では、どのレベルの災害で、どれだけの被災者が出たのかも分からなかった)


次第に分かっていく前代未聞の大災害に、心が冷たく凍りついていったのを覚えている。




山形県庁は、不夜城となり、明かりが消えることはなかった。




弟家族と一緒に、コンビニで買ったパンやカップヌードルを食べる。


家族が皆で過ごせたから、なんとか平常心でいられたが、母との連絡はとれなかったのが、皆の気がかりであった。




あの日、母の実家で祖父母の家は、津波に飲み込まれた。


宮城県牡鹿郡女川町出島。

思い出が詰まった場所である。





昨年の3月、訪れた出島。

橋が架り、穏やかな波は、まったく違う光景であった。




あの日のムービーオンやまがたは、停電で何も動かず、スタッフが泊まり込みで回復を待った。




15年目のムービーオンやまがたの今日。


あの日のことを思い出す。


そして、あれからの15年間も、新型コロナウイルス感染症など、様々な大変な事があった。


なんとか、今日を迎えている。




2011年3月11日。


あの日あの時を忘れない。


穏やかな日常を奪ったあの日。

多くの人々が亡くなったあの日。

故郷をめちゃくちゃにされたあの日。


あの日から、抗うことすらできないが、自分たちができることは、「忘れないこと」

そして、「失くしたものの尊さを、伝えていくこと」だと思うのである。




元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12959436931.html

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