時森 ししん

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時森 ししんさんの新着日記

2013/08/31 23:25:30
巨星堕つ…野口直吉氏
8月24日の土曜日の朝、山形南高校の剣道部の仲間で、ケーブルテレビ山形の取締役でもある、友人の野口勝彦氏より電話があった。
父親であり、天童市の中心的な役割を担ってきた、野口直吉氏が、午前5時30分永眠されたとのこと。
数分あとに、個人のすぐ下の弟、野口勲氏よりも同様の連絡があった。

電話を切ったあと、野口家との幾重にも重なるご縁に思いを馳せた。

自分の伯父と故人は、剣道の御前試合を昭和天皇の前でやった仲間である。

また、自分と勝彦氏の山形南高校当時の剣道部の指導者は、まさに故人の野口直吉氏だった。
その他にも関係は沢山あるが、そんなことを考えていたら、また電話がなった。
『葬儀委員長をしてくれ!』とのこと。
親友の頼みは、断る理由が無ければ受けるのが自分の流儀。
『お前が、心からやれと言うなら引き受ける。』と、あっという間に、大役を担うことになる。


葬儀当日の8月27日の火曜日、天童市のセレモニーホールには、約500人以上が集まってくれた。
午後2時からの葬儀。
実は当日、自分で招集していた東海大学山形高校の評議委員会と理事会が、同時刻より開催することになっていたが、阿部校長と、山内副理事長に事情を説明し、代役をお願いした。


葬儀が始まり直ぐに、『葬送の辞』を読み上げた。



祭壇には、野口直吉氏の剣道の防具が飾られた。


あの風格と存在感、そしてあの笑顔が忘れられない。


喪主の御礼の時に、勝彦氏は、一言一言、噛み締めながら、涙をこらえて感謝の気持ちを伝えていた。


最後に会場に流れた故人の生前の映像…。
隣の喪主は、その映像を見ずに、ひたすら正面を向いていたが、最後の最後に、目から涙が溢れだしたのである。
こちらまで、エレベーターの中で、つられてしまい、大の男がふたりして泣きながら話した。


喪主や家族と一緒に、葬儀委員長は来場者へ挨拶をする。

野口直吉氏の御霊が、天に真っ直ぐ登り安らげることを記念し、勝彦氏が先代の意思を継ぎ、社業を発展し、父親以上の存在になることを、心より願わずにはいられない。

元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-11604103746.html

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