時森 ししん

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時森 ししんさんの新着日記

2014/12/21 23:43:28
中村松太郎ケーブルテレビ山形元社長

12月5日(金)の夕刻、日韓友好交流会の懇親会に参加し、木村完爾会長や、俳優の黒田福美さん、仙台市の領事館公使などと話をしていた。

同じテーブルにいた高橋文夫前社長から『中村松太郎さんが亡くなったようだ…。』と告げられ、懇親会を中座し、ケーブルテレビ山形へ幹部社員を集める。


ご長男の医師の中村東一郎さんに直接電話をし、その情報が事実であることを知る。

午後9時30分頃、済生館から、ご遺体が到着されたばかりの六日町のご自宅に、幹部社員とお参りに伺う。



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1992年の7月6日、ケーブルテレビ山形への出資予定者説明会での中村松太郎元社長。


中村松太郎元社長と一緒にケーブルテレビ山形を設立したのは、自分が32歳、中村元社長が64歳の時。

もともと父の高校の先輩であり、父が苦しい時、ずっと支えていただいた。

それが、ケーブルテレビ山形を設立する際に、誰もが社長を引き受けてくれずにいた時期、『せっかくの若い人達の夢の実現を後押しするのもいいかもしれない』と奥様と一緒に笑いながら話してくれて、ケーブルテレビ山形の初代社長になってくださった。



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1993年9月16日。

当時の郵政省より、ケーブルテレビ局の設置許可状が交付になり、山形県庁の記者クラブでの記者会見。



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1994年10月1日。

ケーブルテレビ山形の開局式典と放送スタート。



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1994年10月3日。

ホテルキャッスルにて、ケーブルテレビ山形の設立記念パーティー。



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2008年12月16日にご退任されるまでの16年間、中村松太郎元社長とは、同じ船に乗り、様々なシーンが自分の心に刻まれている。

ケーブルテレビ山形の基礎を作っていただいたと確信している。



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中村松太郎元社長がいつも言っていたのは、山本五十六海軍大将の言葉で『やってみて、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ』



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中村元社長は、若い頃、海軍に憧れ、お国の為に命を投げ出す覚悟でいらした。


ムービーオン山形に来られ、最後に観た映画は、大ヒット映画『永遠の0』

2度、繰り返して観て行かれた。



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自分も弔辞を詠ませていただいたが、…空を見上げると、あの映画のように、中村元社長が零戦に乗って、上空を旋回し、ガンバレよーって言って下さっているような気がする。



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12月9日(火)、セレモニーホール霞城にて葬儀、その後五七日法要、そしておとぎ。

中村元社長の次の、山形県立山形南高校の同窓会長に就任された、千歳貞治郎さんの献杯の音頭。


ケーブルテレビ山形からも、笹原、渡辺、奥出の各取締役も参加した。



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これまでの中村元社長の、心から発する愛情溢れる言葉や想いに、心より感謝申し上げたい。


出会えて良かった尊い方であり、一生忘れない大好きな人だった…。


合掌。



元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-11967213321.html

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