時森 ししん

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時森 ししんさんの新着日記

2017/03/12 22:35:50
凍りついた心を溶かすには…。

2011年3月11日、午後2時46分。


未曾有の大地震が、東北を襲う。

自分の母親の実家の宮城県女川町出島。

何百年も続いた漁師の町。

母親が産まれ、自分も小さい頃は、夏になると毎年滞在していた大好きな島であった。



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津波が来て、島民が山の上に逃げる時に、叔母が町の家々を連写した中の1枚である。


過去の思い出や、出島の人たちの日常が失われた瞬間であった。



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そんなことが起きているとはつゆ知らず、山形市は停電と雪。

車のテレビで、ニュースを見る。


自分はその時、ケーブルテレビ山形の3階の応接室で、斉藤経営企画室長と打ち合わせをしていた。

高橋文夫社長が社長室にいらっしゃり、企画室には、三沢が臨月近くでいて、「床にお尻をつけて座っていろ!」と声をかけた。

一瞬、地震がおさまった時、エレベーターではなく、階段で全社員を会社前の広場に避難させた。

信号も止まり、ケーブルテレビ山形のシステムは、自家発電に切り替える。

停電が復旧した後のメンテナンスの為に、所定の役割を指示し、車で移動する。



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ムービーオンでは、すでにお客様を誘導退避させておったが、場内は停電の為に真っ暗。

電気の施錠の為、こちらも泊まり部隊を配置する。

とにかく、食糧や水、懐中電灯やローソクなど、準備を徹底する。



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母親は仙台市に行っておるが、きっと、彼女のことだから、どこかの体育館に避難しているだろうと、不思議と安心していた。

夕方、一瞬電話が通じ、「必ず迎えに行くから、近くの体育館に、動かずにみんなといて下さい!」と伝えた。

自宅では、弟家族とコンビニ弁当などで、夕食をとる。



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その後、また、各社の状況や、市内の被害状況などの見廻りに出る。

山形県庁は、夜中も電気がついていた。



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車で移動中、様々な映像が入って来る。

しかし、不気味だったのは、福島第一原発の情報量は少ないが、かなり危険なニュース。



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翌日の新聞は、マグニチュード9、震度7の地震の凄さが、如実に写されていた。



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第一報が入って来た。

驚くばかりである。



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旧ケーブルテレビ山形のスタッフと、県会議員の弟が、炊き出しを持って仙台市に入る。

おにぎり数百個や飲み物を持っていく。
帰りの車に、母親を見つけ、岩手県へ帰れなくなった女子大生を連れて戻ってくる。



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3月12日の午前に停電が復旧。

旧ケーブルテレビ山形スタジオは、オール生中継に切り替え、鈴木淳予アナウンサーが、山形県や山形市、さらには東北各地や企業からの情報、交通情報、医療情報をリアルで流す。

ただ、ガソリンや生活用品だけは、一度放送したら、そこの店へ視聴者が殺到した為に、放送を控えた。



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昨日は、6年前のあの日とは、まるで違う青空が広がっている。

啐啄同機。

雛が、卵の硬い殻を割って産まれて来る時、中の雛がクチバシで殻を突くのと、親鳥が殻を外から突くのが、同機し合って、殻は割れ雛が産まれる事を言う。



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テレビでは全ての局が、6年後の同時刻、サイレンが鳴り、みんなが黙祷をする場面を放送していた。


でも、あの日あの時に時間が止まり、心が凍りついた人にとっては、この6年という時間の長さは、どうだったんだろうと考える。


喪失感が大きすぎる。
周囲の働きだけでは、殻は割れない。

当事者も、一歩踏み出さなければ…。
失くされた人が、殻を割ろうとした時に、初めて時計の針が動き出すのだろう。


時間がかかっても、自分達は、繋がっていかなければならないのである。
そして、その時の準備をしていなければならない。



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自宅の中は、何も変わっていない。

でも、間違いなく、皆んなは6年の間で歳をとった。

6年間、過ごしたのである。
6年間、時間を重ねたのである。



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人類の生誕からは、ほんの瞬きぐらいの時間。

されど、その瞬きに、刹那があり、真実が宿る。

無常無我、色即是空。

在って無く、無くて在る。
そんな、時空を超えた思いの中で、自分達は生きている。

日常の中に、真実はあるのだろう。

ささやかな願い。

来年も、その次の年も、3月11日は、青空であって欲しい。



元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-12255671251.html

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