時森 ししん

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時森 ししんさんの新着日記

2017/05/06 12:51:24
幻の酒「十四代」 カリスマ杜氏 高木顕統(たかぎあきつな)

2015年の10月1日、パレスグランデールで、高木酒造株式会社の創業400周年記念謝恩祝賀会が開催された。



当時は、山形県からの出席者も限られ、マスコミも取材NGで、WOWOWさんのみ番組制作の為に、それもプロジェクトの違うグループが複数撮影を許されていたので、時期をみてブログにアップしようと思っていたのである。


約1年半の熟成期間を経てのアップとなる。

その間、2回くらい、顕統専務には許可を受けていたのだが…。


それくらい、全国では注目を浴びている「十四代」であるのだ。



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当日、参加者のみに配られた記念品、「日本酒・白雲去来」と「焼酎・鬼兜」であり、どちらも「創業400周年記念酒」と刻まれている。



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さらに、当日の記念品は、祝辞を述べられた、人間国宝 十四代 今泉今右衛門氏作の「盃」である。

素晴らしい、価値あるものを記念品として頂き、とても驚いた。

下世話な話だが、あの後、ネットオークションに出された「この酒と盃のセット」が、200万円と値がついていたとのこと。

噂が出るくらい、あの祝賀会自体が、すでに「伝説」となっているのだ。



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祝賀会場に入る前に、陳列棚などに飾られていた高木家の歴史。


元和元年、1615年、武家の権力争いのど真ん中「大坂(大阪)夏の陣」で、徳川家が豊臣家を滅ぼした年、羽州の戸澤城主は、高木家に対し、日本酒 銘柄 「朝日鷹」と、焼酎「鬼兜」の醸造家としての許可を与えたという。

時の高木家当主の利兵衛が、辰五郎に改名して初代となった。

現在の高木辰五郎社長で、十四代である。

実は、高木辰五郎社長は、自分の父親の山形南高校の後輩で、最初は同じ山形県議会議員を務めていた。

まず、自分の父親が山形市長選挙に挑戦した。
次に、高木辰五郎氏が村山市長に挑戦した。

自分の父親は、3回落選。
辰五郎社長は、2回落選。

そんな似たような環境で、良く2人で話をしていたのを記憶している。

また、高木顕統専務は、自分の山形市立第一中学校の後輩で、とても気が合い、政治を知ることや、社会の潮流を予見することには強い関心がある。

やはり、政治家の息子であるのだろう。
しかし、自分たちは経済人との立ち位置も同じで、酒を飲む席や夕食をご一緒する時は、政治、経済、地域のブランディング、社会動学的な会話は途切れないのである。

自分が主催する、東北からの「才能よ、雪に埋もれるな。」をテーマとした、YMF山形国際ムービーフェスティバルには、毎年の入賞者に「十四代」を協賛頂いている。

12年前の、第1回からのご支援であり、それこそが、彼の資質であり、魅力である。

今や話題のJRのデザイナーで、世界的な工業デザイナーの奥山清行氏がデザイン監修をしたムービーオンのホワイエには、オープン時より、ずっと「十四代 龍泉」の瓶が飾られている。



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この日の祝賀会で驚いたことは、全国の多くの酒店の方々が、とても多く参加しているということ。

1990年代はじめは、日本国中の日本酒の市場は「淡麗辛口」であった。
1993年、彼は幼き頃の「蒸し米の香り、ひねりもちの噛めば甘い米の味、蔵のもつ匂い」からイメージした日本酒を作りたいという使命感に駆られて帰郷する。
そして、蔵人たちとの昼夜を問わず、没頭した夢の酒を願う思いが、「十四代」を生んだという。

果実のような香味のする「芳醇旨口」の生原酒。

革命であったと思う。
それが、新たな日本酒ブームを作り、女性も好むワイン同様の日本酒のスタンダードになっていくのだ。

四谷「鈴傳」の磯野真也社長は言う。
「最初に飲んだ時、なんだこの酒?と思った。忙しかったので、ちょっと待っていなさいと、顕統専務を待たせて、夜中まで話を聞いた」と。

「行けると思った。日本酒界が変わると思った。」と、日本酒界の中心人物が後押しをしてくれたのである。

そして、当初から、無名の山の中の酒蔵の酒に、感銘をしてくれた日本中の酒店を、高木家ではこの祝賀会に招いていたのである。



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2つ目の驚きは、テーブルの上の酒が、すべてとても貴重なモノばかりであった。

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こんなにも、贅沢な祝賀会があるであろうか?

自分はアルコールを嗜まないが、少しずつ、それぞれを口にした。

微妙な違いや、ハッキリした違いがあり、多様性と非決定論的な逸品であると痛感したのだ。


そして、3つ目の驚きは、ご挨拶をする人のレベルの高さ。

地元からは山形県の吉村美栄子知事と、戸澤城主当代の戸澤充氏。

人間国宝の今泉今右衛門氏、ノーベル化学賞受賞者の根岸栄一氏ご家族。

乾杯は、サッカーの元日本代表の中田英寿氏。



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自分の友人である小山薫堂さん等、多くの著名人もいらした。

途中のアトラクションでは、コブクロさんが歌う「桜」と「蕾」。

鳥肌がだったのだ。



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吉村美栄子山形県知事と中田英寿氏。

中田英寿氏は、高木顕統氏と「十四代」のファンで、酒造りの体験や、高木酒造の本まで作ったのである。



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この「龍泉」が表紙に描かれている本は、中田英寿氏が監修をした「高木酒造400周年  THE  SPIRIT  OF  TAKAGI  SHUZO」である。



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4つ目の驚きは、高木顕統という人は、親父さんと同じで、とても仲間や蔵人を大切にすること。

この日も木遣りをみんなで歌っていた。

そして、大変な時期の高木酒造を支えた、千歳貞治郎氏が締めの挨拶。
会津氏、谷貝氏、武田氏、鹿野氏を代表してである。

つまり、大変な時に「高木酒造」と、苦楽を共にしてきた、内外の関係者の為の祝賀会であったのである。

その、感謝の気持ちこそ、「自然への感謝」「関わる人々への感謝」として、400年継続している高木酒造の本懐なのであろう。



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1467年の応仁の乱が発生し、そこから100年の戦国の動乱が続く。

京の町は荒廃し、その間、高木家の祖先は、身分や姓名を隠し、逃げ続けた。

「白雲わき立ち去来し、吉相現れひかり輝く」

遥か遠く離れた、羽州・富並の地に、終に根ざす。

そんな始まりに敬意を込めて作った酒なのであろう。



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「高木酒造訓」

感性を研ぎ澄ませ

聲なきを聴き

像なきを視る

十四代  高木辰五郎



高木酒造の益々のご隆盛を、心より祈念します。






元記事:http://ameblo.jp/stokimori/entry-12246732009.html

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