時森 ししん

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時森 ししんさんの新着日記

2024/07/16 12:05:29
佐竹、後藤校長を囲む一中PTA「絋・恒の会」のフィナーレ!

約20年前の山形市立第一中学校のPTAで、当時の佐竹紘校長と次の後藤恒裕校長を囲む「絋・恒の会」を作った。


毎年一度顔を合わせて、近況を語りながら懇親を図ることを目的として、約20年、続けてきたのである。


それだけ、当時の山形一中PTAはまとまりが良く、その組織の出身となる、第一小学校、第五小学校、第八小学校、東沢小学校の4つのPTAも、とても活気があった。


圧巻だったのは、山形市PTA連合会の毎年行われるPTAの大会を、初めて東北芸術工科大学で開催しようと企画し、大成功の画期的な大会となったことである。


担当校の山形一中PTAだけではなく、当時の4つの小学校のPTAも本気で協力してくださった。


当時の山形一中PTAは、顧問に佐藤護さん、平澤一幸会長、副会長が自分で、幹事に大風亨さんと吉田雄介さんと黒木善久さん、事務局に山口和久教頭であった。


自分が発した企画であったが、2つの思いがあった。


一つは、当時、山形市に建設され、開校から約10年が経った東北芸術工科大学を、ほとんどの子どもを持つPTAの皆さんの多くが、触れることや行ったことがなかったのである。


更には、大会運営側としては、数百名が揃う大会総会や、細かく別れた分科会を開催するスペースが、大学のキャンパスはもってこいであった。


芸工大側にとっても、良いPRになると思い、大学の理事、事務局からご理解を賜り、進めることとなった。


大会は大成功であったが、前日からの設営や、当日の撤収など、大学の通常運営にご迷惑をかけない為には、多くの労力、つまり担当PTAの負担が大きかった。


それをこなした、当時のPTAの団結力は素晴らしかったと、今でも誇りに思えた出来事である。


第八小学校の50周年事業で、五堰の水をグランドに引き込み、親水空間をPTAと地域皆さんとで作ったことがその2年前にあり、その経験も背景にあったのである。




そのPTAのメンバーが中心となり作った「絋・恒の会」


コロナ禍は別として、20年間、ずっと続いてきたことは素晴らしく、事務局の山口和久先生の段取り、コーディネート力は、当時も今も変わらない。

 

先生方は、長沼先生を残し、皆さん現役を引退なさっている。




そんな中で迎えた今年の「絋・恒の会」であったが、佐竹元校長が傘寿、後藤元校長が喜寿ということもあり、今回を持って一区切りをつけるとのことであった。




当時は、現場力、授業の佐竹と言われたほどの、「子ども達の資質を引き出す」達人であった佐竹元校長先生。


温厚さの中に、熱い想いが存在している方である。




後藤元教育長は、「魂の教育」「命の縦糸と横糸」「人と人の繋がり、関係性」などを、信条とされた。




平澤会長の音頭で乾杯。


それぞれが、近況報告や、「絋・恒の会」への思いを述べた。


自分たちの一中PTAの物語は、今回の一区切りにてフィナーレを迎える。


佐竹先生には、お身体を大切にして、日々、お健やかにお過ごしいただきたい。


後藤先生には、現在、ダイバーシティメディアの番組審議委員長として、今でもお世話になっている。

もう少し、お付き合い賜れれば幸いである。




7年前、2017年の「絋・恒の会」の写真を、この日、吉田さんからいただいた。


コロナ禍があったからか、あっという間に時間が過ぎた感じがする。


佐竹先生と後藤先生を囲み、現在の山形一中に想いを馳せ、当時の様々な思い出やエピソードが語り合えなくなる寂しさはとてもある。


これからも、不定期でもいいので、また集まりたいと思った。


PTA時代、社会的な立場や利害関係はまったく関係なく、ただ、一人一人が同じ父親と母親として、「子ども達の未来のギフト」の為に、学校と一緒になって目標に突き進んだ日々。


自分たちの誇りであるのだ。


先生方の、益々のご健勝を、心よりお祈りいたします。




元記事:https://ameblo.jp/stokimori/entry-12859809125.html

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